上場基準
東京証券取引所の各市場における上場審査基準(形式基準と実質基準)を詳しく解説し、基準充足に向けた実務上のポイントを紹介します。
上場基準の全体像
東京証券取引所への上場にあたっては、大きく「形式基準(形式要件)」と「実質基準(実質審査基準)」の2種類の基準を満たす必要があります。形式基準は数値で示される定量的な要件であり、充足の可否を客観的に判断できます。一方、実質基準は企業の継続性、健全性、ガバナンス体制などを総合的に審査する定性的な基準です。
上場審査においては、まず形式基準の充足が前提となり、そのうえで実質基準に基づく詳細な審査が行われます。実務上は、形式基準を充足していても実質基準の審査で不適格と判断されるケースもあるため、両方の基準に対してバランスよく準備を進めることが重要です。
形式基準は最低限の要件
形式基準(形式要件)の詳細
形式基準は、市場ごとに具体的な数値要件が定められています。ここでは、IPOで特に重要となる主な項目を解説します。
株主数
上場時に一定数以上の株主が存在することが求められます。プライム市場は800人以上、スタンダード市場は400人以上、グロース市場は150人以上です。この株主数は上場時点の見込みで判断され、公募・売出しによって確保することが一般的です。
株主数の確保は、公募価格や公募株数の設定にも影響するため、主幹事証券会社と早期に協議を開始することが重要です。
流通株式
流通株式とは、大株主や役員等の特別利害関係者が保有する株式を除いた、市場で実際に流通する株式のことです。以下の3つの観点から基準が設けられています。
流通株式数
プライム市場は2万単位以上、スタンダード市場は2,000単位以上、グロース市場は1,000単位以上の流通株式数が必要です。
流通株式時価総額
プライム市場は100億円以上、スタンダード市場は10億円以上、グロース市場は5億円以上の流通株式時価総額が求められます。この基準は株価に大きく依存するため、市場環境の影響を受けやすい項目です。
流通株式比率
プライム市場は35%以上、スタンダード市場およびグロース市場は25%以上の流通株式比率が必要です。創業者やVCの持株比率が高い場合、売出しによって流通株式比率を確保する必要があります。
流通株式の定義が変更されています
事業継続年数
新規上場申請日の直前事業年度の末日から起算して、プライム市場およびスタンダード市場は3年以上、グロース市場は1年以上の事業活動を継続していることが求められます。設立からの年数ではなく、実質的な事業活動の継続年数で判断されます。
利益基準・財務基準
市場ごとの利益基準は以下の通りです。
プライム市場
以下のいずれかを満たす必要があります。
- 利益基準:直近2年間の利益の額の総額が25億円以上
- 売上高基準:直近1年間の売上高が100億円以上かつ時価総額が1,000億円以上
スタンダード市場
直近1年間の利益の額が1億円以上であることが求められます。
グロース市場
利益基準は設けられていません。ただし、事業計画の合理性と成長可能性が実質基準として厳格に審査されます。
純資産の額
プライム市場は50億円以上、スタンダード市場は正であること(債務超過でないこと)が求められます。グロース市場には純資産に関する形式基準はありません。
監査意見
全ての市場において、最近2年間の財務諸表等に対して、公認会計士または監査法人による「無限定適正意見」または「除外事項を付した限定付適正意見」が表明されていることが必要です。ただし、直近の事業年度については「無限定適正意見」が必須となります。
実質基準(実質審査基準)の詳細
実質基準は、企業の持続的な成長と投資家保護の観点から、定性的な審査が行われます。東証の有価証券上場規程では、以下の5つの審査項目が定められています。
1. 企業の継続性及び収益性
企業が安定的に事業を継続し、収益を確保できる体制が整っているかが審査されます。具体的には、以下のような観点がチェックされます。
- 事業の継続性に影響を与えるリスク要因の有無と対応策
- 収益モデルの安定性・持続可能性
- 主要な取引先や仕入先への過度な依存がないか
- 業界における競合状況と自社のポジショニング
- 事業計画の合理性と達成可能性
グロース市場では成長可能性が重視される
2. 企業経営の健全性
経営者や役員の資質、関連当事者取引の適正性、反社会的勢力との関係排除など、企業経営の健全性が審査されます。主な審査ポイントは以下の通りです。
- 経営者の適格性(過去の法令違反、行政処分歴等)
- 関連当事者取引(役員やその親族、関連会社との取引)の合理性・適正性
- 反社会的勢力との関係が存在しないこと
- 親会社・グループ会社からの独立性の確保
- 特定の者への利益供与がないこと
関連当事者取引の整理は早期に着手
3. 企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性
コーポレートガバナンスの体制と内部管理体制が有効に機能しているかが審査されます。具体的な審査項目は以下の通りです。
- 取締役会の運営状況(開催頻度、議事内容、決議プロセス)
- 社外取締役・監査役の独立性と機能
- 内部監査体制の整備状況(内部監査部門の設置、監査計画の策定と実施)
- 内部統制システムの整備・運用状況(業務プロセスの文書化、リスク管理体制)
- コンプライアンス体制の構築と運用
- 経理・財務部門の体制(専門性のある人材の確保、職務分掌の明確化)
- 情報管理体制(インサイダー取引防止体制、個人情報保護体制)
4. 企業内容等の開示の適正性
企業情報の開示が適正かつ適時に行われる体制が整っているかが審査されます。
- 会計処理が企業会計基準に準拠して適正に行われていること
- 適時開示体制の整備(重要事実の把握・判断・開示のプロセス)
- ディスクロージャーポリシーの策定
- IR体制の構築(IR担当者の選任、情報開示の方針と体制)
- 決算短信、有価証券報告書等の開示書類の作成体制
5. その他公益又は投資者保護の観点
上記以外に、公益や投資家保護の観点から問題がないかが総合的に審査されます。
- 株式の分布状況が適切であること(特定少数の者に株式が集中しすぎていないこと)
- 株主の権利が不当に制限されていないこと
- 反社会的勢力の関与がないこと
- 株式事務が適正に処理できる体制であること
- その他、投資家の利益を害するおそれがないこと
上場基準充足に向けた実務上のポイント
主幹事証券会社との連携
上場基準の充足に向けては、主幹事証券会社との緊密な連携が不可欠です。証券会社は引受審査を通じて、形式基準の充足見込みや実質基準への対応状況を評価します。早い段階から証券会社と定期的なミーティングを持ち、課題の洗い出しと対応方針の策定を進めましょう。
監査法人との早期連携
財務諸表の適正性は上場基準の根幹をなす要素です。上場準備の2〜3年前から監査法人と契約し、ショートレビュー(予備調査)を受けることで、会計処理上の課題を早期に把握し、是正する時間を確保できます。過去の会計処理の修正が必要な場合、遡及修正に相当の時間を要することがあるため、早期着手が重要です。
内部管理体制の整備
内部管理体制は、一朝一夕では構築できません。規程類の整備、業務プロセスの文書化、内部監査の実施、取締役会の運営改善など、多岐にわたる対応が必要です。上場基準で求められる水準を理解したうえで、優先順位をつけて段階的に整備を進めることが効率的です。
「運用実績」が問われる
資本政策の策定
流通株式数、流通株式比率、株主数などの形式基準を充足するためには、計画的な資本政策が不可欠です。株式分割、増資、ストックオプションの発行、既存株主の売出し計画など、上場時の株式構成を見据えた資本政策を早期に策定し、必要に応じて実行していく必要があります。
予算管理体制の確立
実質基準の審査においては、事業計画の合理性と達成可能性が重視されます。予算と実績の乖離が大きい場合、事業計画の信頼性が疑問視される可能性があります。精度の高い予算策定プロセスを構築し、月次での予実管理を徹底することが重要です。
まとめ
上場基準は、形式基準と実質基準の両面から構成されています。形式基準は数値要件であり、資本政策や業績管理を通じて計画的に充足を目指すことができます。実質基準は、企業の継続性、健全性、ガバナンス、開示体制などを総合的に審査するものであり、組織全体での取り組みが必要です。両方の基準にバランスよく対応するためには、主幹事証券会社や監査法人などの専門家と連携しながら、十分な準備期間を確保して計画的に進めることが成功への道筋となります。